日が傾き始めていた。
うっすらと空が赤く染まり始める。
波の音が少し激しくなってきた。 明日は荒れるのだろうか。
ようやく1人になれて、目をつぶりながら波音を聞く。
天気が悪くなると、足が痛むといってばばの機嫌が悪くなるなぁ。
そんなことを考えながら目を開けてみる。
燃えるような空と、濃紺の海。 白い波がそこにアクセントを加える。
この町に来るまでは大きな街に住んでいた。
小さかったからほとんど外に出たことがなかった。 窓から見えるのはビルと電線と、切り取られたような角ばった空。
美智は夜が仕事だから、昼はいつも2人で窓を開けてお昼寝をした。
風はたくさん入ってきたけれど、あまりいい香りではなかったような気がする。
ここは、楽園だと思う。
ここしか知らないけれど、 ここだけでいいと、いつも思っている。
広い世界。どこまでも続いているのだと実感できる海と空。
潮の香りが満ち満ちたこの町。
この町を、どうして大人たちは嫌うのかがわからない。
ここに座って、海を見て、ばばとご飯を食べて、寝る。
僕の1日はただそれだけだけど、この海と空を見ているだけで、僕は世界と繋がっていると感じられるから。
この町を、どうして大人たちは嫌うのかがわからない。
気がついたら、もう日は半分以上海に沈んでいる。
帰る時間だ。ばばが待ってる…
来たときと同じように、砂浜を飛び跳ねるようにして家に帰る。
じゃりっ じゃりっ
暗くなり始めた砂浜に 音を響かせながら。
「お帰り、望。おそかったんやなぁ」
家に帰り着くと、ばばは台所で魚を捌いていた。
「今日はいい魚もらったんよ。 大きいけん刺身と煮物にしようかね。もうちょっと早ければ美智もたべれたんになぁ」
天気が悪くなり始めているのに、ばばは機嫌がいい。
機嫌のいいばばは大好きだ。 しわだらけでしみだらけのばばの足に抱きつくと、ばばはしわくちゃな顔で僕を見る。
「何しよんかね。 魚捌きよんのやから危ないで」
細い目は更に細められ、僕を見ている。
僕を見ているのかな、とたまに思う。 ばばはもしかしたら僕じゃなくて美智をみてるんじゃないかな。
美智は18までこの家に住んでいたらしい。ばばと、僕は見たことがないじじと、美智の3人。
ばばは、僕を通してそんな昔の生活を思い出しているのかな。
でもいいや、と思う。僕はばばが笑っていればそれでいい。
お腹いっぱい晩御飯を食べて、こたつでごろりと横になる。ばばの足は冷えると痛いから、と年中出しているこたつ。
本当は今の時期ちょっと暑いんだけど…
「浜の黒ばあさんちに女ん子が引っ越してきたらしいで」
ばばは時代劇を見ながらピーナツを食べている。
黒ばあさんの家… 頭の中で場所を思い浮かべる。
キエと名乗ったあの女は、その方向に帰ったんじゃなかったかな…
「黒ばあの孫らしいけど。なんか街でやったんじゃないんかね」
じゃなけりゃあ、こんな田舎に街から引っ越してくるなんておかしいやろ。ばばは、少し顔をしかめた。
キエきは街で何かやったのだろうか。 だから街にいられなくなって、こっちに来たのかな。
じゃあ、美智も街で何かやったら…戻ってくるのかな…
そんなことを、眠気で鈍い頭で考える。
ばばのピーナツを噛む音が、少し波の音に聞こえた気がした。