暗闇の中、ピンク色の花びらが舞う。

優しく哀しい、美しく儚い、それは命に似て、それは愛に似ている。


どうしようもなく、思考がマイナスに向いてしまうのは季節がら?

季節、と自分で口に出してみるとなんだか笑いが込み上げて来た。

この深遠の宇宙に季節など関係ないというのに。





あの地にいた頃は、季節を感じて生きていた。

風が吹き、笑い声が響き、花を愛で、世界はこんなにも鮮やかな色を有しているんだと幸せを感じて生きていた。



あなたがいたから。




暗闇の中膝を抱えて、目の前で散る桜をみる。

映像の中の桜は ひらひらと舞い落ち続けている。




『な〜にやってんの?』

ドアの開く音とともに、金色の光が差し込む。

一瞬まぶしくて目をとじた。

『…ノックしてから入ってくださいっていつも言ってるじゃないですか』



『ごめんごめん。…っ』


いつものようにおどけて肩を竦めた彼が、桜をみて息を飲んだのがわかった。




『…桜?』

私に背をむけて、スクリーンに写し出された桜を見つめる。

彼の表情は見えない。


『少佐も何か想い出があるんですか?』


聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ち。

恋人との情景を、彼もまた想い出しているのだろうか。


愛している人の背中の向こうに見えないオンナが見え隠れする。





『あんまりいい思い出じゃないよ』


それでも聞きたい? と彼が振り向く。

私は今どんな顔をしているのだろう。


桜ははらはらといつまでも舞い落ちる。




『…聞きたいわ』




そっか、あんまり思い出したくないんだけどなぁ。


肩を竦めて、彼は眉間にしわをよせた。



『俺がまだ軍に入りたての新人だった頃…』

話しながら、彼は部屋の電気をつけた。


明るくなった室内では、桜のピンクは薄く、先ほどまでの、心が毒されるほどの強い引力が薄れる。


『上官がお花見をしたいっていいだしてさ。 当然場所とりは新人の役目だったわけよ』


『…は…?』


話は自分が思っていたのと全く違う。


『…花見…?』

『えっ マリューさんまさか花見知らない?』

あっけに取られた表情を浮かべた私の意図を勘違いして、彼が私をみつめる。

『い…いえ、花見くらい知ってるけど』

『あーびっくりした。そうそう、花見。
その場所取りで、他の隊と争っていい場所を獲得しなきゃいけないわけよ』

『はぁ』

『第7艦隊の奴等と、1番いい場所をかけてウイスキー飲み比べを…』





なんだか、体から力が抜けてきた。

へたへたとその場に座り込んでしまう。

『…大丈夫か?』



差し延べられた手をとると、目の前にはすべてを見透かしている青い瞳。

『想い出はさ…』




吸い込まれそうな空色の瞳。



『哀しくて、愛しくて、優しいからさ…』


私を抱き起こしながら、彼は遠くを見やる。


『何度も思い出して、眺めて、なでて、抱き締めて。
何度も何度も思い出して。
だから、いつの間にかカドがとれて丸くなるんだよ。

現実は刺だらけだからさ』



抱き起こされたまま、私の体は彼の胸の中にあって。

今、彼がどんな顔をしているのか見えない。


伝わる暖かさと、確かな鼓動に、少しだけ視界が滲む。

『現実よりも想い出の方に埋もれて、目を閉じてしまいたいけどさ』




そう。想い出のあの人に抱かれて、戦いも、何もかもを忘れてしまいたくなるけれど。



『それじゃダメなのよね。想い出を現実の逃げ場所にしちゃダメなのよね…』


はらはらと舞う桜の花びらと共に、私の心にはたくさんの想い出が降り積もる。

その中に埋もれてしまっては、桜の美しさは見えなくなってしまうから。



『さ、いこうぜ』


ポン、と肩を叩かれ、温もりが離れて行く。


『行くって…どこへ?』



離れてしまった温もりが寂しくて、彼までもが私の手の届かないところへ行ってしまう気がして、必死で彼に手をのばした。



『どこへ行くのっ?』



私の声は震えていたかもしれない。


『どうしたのさ』

苦笑混じりの声。


伸ばした手が握り返される。
優しい想い出の彼は、もう握り返してはくれないけれど。

今ここにある温かい手は本物。



『桜はね、1人でしんみり眺めるより、みんなで見た方が断然いいぜ〜』


彼は私の手を強く握り締めた。


『さあ、行こう』


この宇宙に、青空はないけれど。

この宇宙に、風は吹かないけれど。


あなたの瞳をみれば、いつでも青空を、吹き抜ける風を感じられる。



カチリ


一瞬揺れて、桜の映像が消える。



『ええ、行きましょう』




『酒飲んでいい?』
『だめです』


『場所取りしなくていいなんて、うらやましい限りだぜ? 本当なら坊主たちに場所取りさせるのに…』


すっかり花見気分で、彼ははしゃいでいる。



『ムゥ、あまりはしゃがないでよ』


その言葉が、形だけなのは自分でもよくわかっている。





みんなでお花見をしよう。


刺だらけの今だけど、あなたがいるから。みんながいるから。


『…ちょっとだけよ、飲むのは…』

『飲んでいいのっ?さっすがマリューさん♪』










その日アークエンジェルでは、かなり盛大な花見の宴が開かれたという。











『なぜ、宇宙で花見など…』


ナタルの苦々しい声は、クルーたちの酒臭い息にかき消されて、だれにも聞こえなかった。